« 「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」は天馬博士の試験管ベビー!?(1) | Main | 「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」は天馬博士の試験管ベビー!?(3) »

「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」は天馬博士の試験管ベビー!?(2)

成功したアーティストがプロデュースを手掛けると、往々にしてこういうことが起こります。わたしがこういったことを最初に意識したのは、まだジギー・スターダストだった頃のデビット・ボウイがプロデュースしたモット・ザ・フープルの『すべての若き野郎ども』という曲でした。当時はまだプロデューサーという仕事がどんなものか良くわからなかったので、その曲を聞いた時は、まるでデビット・ボウイ自身が歌っているのではないかと錯覚を起したぐらいです。実際はこのモット・ザ・フープルというバンドのボーカリスト・イアン・ハンターが歌っていたのですけど。しかし、その歌い方はボウイそのもの。最近、その時のボウイの仮歌、デモ・テープがあったことがわかりました。また、このような他のアーティストに歌わせるための仮歌(デモ・テープ)というのは、ロックの世界でもこの当時から相当あることがわかってきました。どれも共通するのは、作者である本人が歌ったもののほうがはるかにいい出来だということです。

モーニング娘。とつんくPとの関係でみると、わたしはボウイの例ほど顕著に感じられませんが、聞く人が聞くと同じ歌い方に聞こえるのでしょう。まあ、メンバーがあまりに個性的になってしまったら、ばらばらに聞こえてしまい統一感がなくなってしまいます。逆にいうと、よくいわれているように、本来1人で歌うべきものを無理して10人で歌っているともいえます。この無個性化を解消するためにかどうかはわかりませんが、最盛期には個性的なユニットが存在しました。このユニットで歌わすことによって多少なりとも、メンバーひとりひとりに合わせた個性が発揮できるようにしたのでしょう。このパワーが本体であるモーニング娘。へと還元されモーニング娘。はさらに強大な存在へと変身を遂げたのだと思います。そこではグループとしての無個性は完全に消し飛んでいました。現在ではまともに活動しているユニットなどもありません。モーニング娘。の中でどう個性を発揮すればいいのでしょう。せいぜいアルバムの中でユニットごっこをするのが関の山です。ミキティーが今でも突出した存在感があるのは、個性が命のソロで活躍した時期があったということも大きな要因なのではないのでしょうか?

一転して今度のミュージカルです。メンバー達に絶対服従を迫る演出家の木村氏は、歌に関しても

「君達の人生が語られたい」

といいます。ナレーションでも「人生観を歌にのせて表現する」と語られるのだ。うぅ〜〜〜ん、10代で人生を語るのか? すごい!!! しかし、彼は宝塚歌劇団でも同じような年代の団員にそういって指導してきたのでしょう。そして、宝塚の方達はそれが出来た。だから、モーニング娘。にも容赦なくそれを求めて来たのです。さらに演技の面でも、モーニング娘。や美勇伝ではない1個人としての自分や自分の人生をさらけ出せと、自己主張せよといって発破をかけています。これはもう役者・表現者の領域です。このことを1人3役を演じることとなったチャーミーにも覚悟を要求してきました。

(つづけ)

|

« 「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」は天馬博士の試験管ベビー!?(1) | Main | 「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」は天馬博士の試験管ベビー!?(3) »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」は天馬博士の試験管ベビー!?(2):

« 「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」は天馬博士の試験管ベビー!?(1) | Main | 「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」は天馬博士の試験管ベビー!?(3) »