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2つの「リボンの騎士」と1つの「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」!!!(4)

とにかく素材としては非の打ち所のない上物だ。どう料理してもおもしろいものができるだろう。増して手塚の作品は、先に書いたように映画的であり演劇的でもある。漫画をそのまま舞台で再現しても行けそうだ。ところが、彼には大きな課題が残されていた。それは、与えられたメンバー=モーニング娘。、美勇伝、安倍なつみ、辻希美、松浦亜弥をバランス良く使うということだ。ここでいうバランスとは平均化または均等化という意味ではない。ハロプロ内の「上下間の序列」という意味のバランスだ。

木村氏は、配役はオーディションで決めたという。そして、配役を決めた上でそれぞれの個性に合わせた「顔」が見えるよう脚本を書いたといっていた。しかし、終わってみればしごくまっとうな割り振りだったといえる。そこに、ハロプロ内の「序列」または「顔」という発想はなかったか? これはあくまで私見だが、わたしはあったと思っている。この序列にしたがってストーリーが創られているので、漫画版のような自由なキャラクター、自由な展開が生み出せなかったと考える。このいびつなミュージカル版では、おおよそ4、5人でドラマを進めることも可能だ。ミュージカルでのヘケートは魔女ヘル夫人を兼ね、同じく大臣はナイロン卿をも兼ねる。このため家臣ナイロンは影が薄い。反対に牢番ピエール、トロワ、コリンは牢番ガマーを3分割したもの。タレント・スカウト=リュー、リジィエ、騎士ヌーヴォー、トルテュは創作に近く特に必要な役ではない。神さまは狂言まわしとして漫画版以上に活躍する。もしも、このような足かせがなければ木村氏も演劇とはいえ、手塚のようにダイナミックな発想ができたかもしれない。チンクを登場させないといっていた木村氏。それは、より大きな展開にならないようにするための苦肉の策だったような気がする。

このあまりにもドンピシャな性差をテーマにした「リボンの騎士」は、宝塚、ハロプロ双方にとって恰好の素材となり得ると木村氏は判断したのだろう。それがあの自信に繋がったと思われる。それには、今回資料として参考にした「手塚治虫展」カタログの「リボンの騎士」に、ちょっとおもしろい考察がある。村上知彦氏が「朝日ジャーナル」に書いた指摘だ。

「主人公サファイアのように女性でありながら男性としてふるまうことを宿命づけられ本来の性にもどろうとするときは、あえて女装しなければならない屈折や哀しみなどといった虚構の性にもとづく心理的な揺れ動きは、初めから女性役と男性役の性差を明かにしたうえで演じられる宝塚歌劇には決してみることができず、その意味でこの主人公(サファイア)は「反宝塚的」なキャラクターだ」

なるほど、そういえばわたしが感じたこのミュージカルでのサファイアにおける「女の子」「男の子」の演じ分けがうまくできていないという見方も、木村氏の脚本、宝塚演出ではありえるわけだ。このように手塚治虫の「リボンの騎士」と木村信司の「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」とでは「似て非なるもの」といえるだろう。しかし、それはかまわないと思う。ミュージカルとして楽しければ良い。メッセージもやや掘り下げが足らないが、そうかけ離れてはいないようだ。

男しか王位を継げないという設定は、なにやら日本の皇室を連想させる。手塚がそれを考えたかどうか知らないが、男性も女性も命に違いはない。慈しみあって生きることが大事というメッセージは永遠だ。これから訪れる秋の夜長、手塚治虫の「リボンの騎士」を読み「命」を考えるのも、また乙なものではないだろうか。もちろん、おそらくこれから出るであろう「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」のDVDを見るのもOKだ!!!

(「2つの「リボンの騎士」と1つの「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」!!!」はこれで終わります)

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